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    • 2015/1/9 9:49
    • 梟になりたい( 2015年のマニフェスト)
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    • こんな話がある。ダヴィデにしては鼻が高過ぎるとクレームを入れられたミケランゼロは、鼻の削る振りをして実際は握っていた石の粉を撒いただけだった。そのクレームを入れた人はそれだけで、「ずっと良くなった」と言った。

      ○○が悪い、○○すればいいのに、○○は馬鹿、どうして○○できないんだろう、○○が書けていない……

      モバゲーのニュースにしても、ツイッターのタイムラインやそのまとめのトゥゲッター、本や映画のレビューにしてもある種の言説にほとほどウンザリさせられている。

      それらの言説の特徴は「実際に"そうなっていること"は、1番現実的であり、1番自然であること」という仮定が踏まえられていないことにある。

      実際、この仮定を踏まえなければ、なぜそうなっているのかを考えもせず単なる今の自分の希望や理想を「ありもしなかった過去」や「ぼくのかんがえた映画○○とか小説」使って説明しているに過ぎなくなる。反応、というからには既に起きてしまっていて、解釈の読み替えが起こせるかもしれないけれど、その起きたことそのものぜんたいが変わることがない。

      「ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ」
      気取ってヘーゲルを引用するが黄昏、つまり「終わり」が明確に存在する映画や小説でさえ全体を見渡せる視点を得ることは困難である。ましてや現実はそれ以上に一筋縄ではいかないのだ。

      ここまで書いた問題意識は結果として、この問いは自分にも向けざるを得ない。

      つまり、そういう浅い言説が罷り通るのがこの世界の自然なのだと。

      ミケランゼロの話は俗説か実話か知らないが、要するにそういう人間は昔からいたのであろう。そして今も居るし、そして今後も居るに違いない。

      僕もまた、梟ではない。許されているのはただ、たらんとするのみだろう。

      随分遅れましたが、あけましておめでとうございます。書いたのに投稿するのすっかり忘れてました。去年よりも今年の世界ぜんたいがハッピーだといいですね。

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