ゆうじ?♪さんとモバ友になろう!
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- 2012/10/9 3:44
- 腐負怖
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- 末期の肺癌だった
どうしようもなかった
…が俺はそんなこと知らされてなかったのでそのうち退院するだろうと思って見舞いにもあまり行かず友達とポケモンの発売日にゲーム屋に行ったりしてた
いやまぁ薄々死にそうだとは気づいてましたよ
でも怖いから気づいてないふりしてヘラヘラ笑って見舞いにも行かなかったんすよ
そして秋父親は死んだ
真面目に働いて悪いこともなにもせずやっと仕事も上手くいき始めたところで呆気なく死んだ
俺は頑張ったり真面目にしてたりすればいつかは報われるもんだと思って生きてきた
てか普通そう思うじゃん?
でも実際そんなことなかったよ
死ぬときは死ぬ
そんなもんだよ
でも俺は当時泣きもしなかった
泣けばいいものを父親が死んだ現実から目を逸らしヘラヘラしていた
だが父親が死んだことはかなり俺に影響を与えた
まず母子家庭になったこと
一応おばあちゃんと猫も一緒に住んでいたけど実質お金を稼いでいたのは父親だったのでまず金銭面が怖かった
次に母親のこと
母親はかなり精神的ダメージが大きかったので1年くらいは自さつしてしまうんじゃないかとかなり怖くて出来るだけ一人にしたくなかった
そして将来のこと
大人になったら仕事して結婚して家を出るつもりだったが父親がいないため俺が将来家をでたら母親は一人になってしまうので家を出れなくなってしまった
とまぁ中2なりにいろいろ考えしっかりしなきゃと思ったが…
頑張ったところでいつ死ぬかわかんないしテキトーに遊んで暮らしたいという考えが消えなかった
父親の死のおかげで完全に死にビビっていた
いつか死ぬならもうなんかどうでもいい
積み上げたところで死ぬならいっそなにもしないほうがまし
けど母親のためにしっかりしなきゃいけない
けどいつか死ぬならいっそ…
そんな考えがずっと抜けなかった
結局俺はテキトーに生きることにした
勉強もせず友達と遊んでいた
特にそのころ遊戯王を始めたためなにも考えず遊んでいた
でも遊んで家に帰ってからはこんなんでいいのか?とすげー不安だった
不安だったけどそれから逃げるためまた遊んで不安になって遊んでと日々繰り返し
そうしてるうちに母親は立ち直ったようで仕事を始めていた
安心したよ
自さつするんじゃないかホント怖かった
そうしてヘラヘラ笑いながら逃げる生活を続けついに受験シーズンを迎えた
続く
- 末期の肺癌だった