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- 2016/4/26 7:57
- 外伝ノ肆『惜別ノ時と隠密ノ皇帝』(69)
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ほぅ、これは確かに見事なものだ・・・
眼前に広がる、夜の開封が見せる光景に、子雲はそう思いながらチビリチビリと酒を飲む。
窓から見渡せる開封の街は、夜の闇の中で通りに飾られた数多の灯りによって煌々と照らし出され、経済的に発展してきた都市としての姿を映し出していた。
かつての唐の都・長安と違い、夜でも人の往来ができる宋の国都が見せる光景は、その繁栄振りを顕著に反映している・・・子雲はそう思いながら、酒を飲む手を進める。
万花楼に入った子雲達は、その主である扈天祐(こてんゆう)の計らいにより、最上階の一室、開封の街が一望できる部屋へと案内された。
扈天祐は徐慶の良き友であり、陳慱のことを詳しく聞いていたこともあって、是非ここを訪れて欲しいと彼を通じて陳慱に打診をしていたらしい。
が、陳慱は何かと理由をつけて来訪を先延ばしにしていたという。
陳慱本人は笑ってその理由を話さなかったが、兄の陵墓の前で酒を酌み交わした子雲にはそれが分かった。
子雲の願いを聞き届け、開封に留まること十数年・・・陳慱が知り合い、心を許したと思われる人間は呼延賛や高懐徳、曹彬といった武将であり、彼らは軍務で開封にいないことが多かった。
一人で静かに酒を飲むのを好まない陳慱にとって、『万花楼』という酒楼は足を運び難いところだったに違いない。例え一人で行き、酒を飲んだとしても、膨大な時の流れに消えていった人間達を思い出してしまい、辛くなってしまうだけだ。そんな想いをしながら飲む酒は、おそらく美味くはないだろう。
それが、開封の街へと出た子雲が行くことを望んだ為、これに便乗するような形でようやくここを訪れたのだろう。季元やあとから駆けつけた徐慶と共に酒食をし、会話を重ねる彼の姿は、見ていて本当に楽しそうに見えた。
「素敵な景色ですわね・・・」
盃の中にあった酒が空となり、それを注ごうとした時に、李玉秀が子雲の持つ盃に酒を注ぎながら、呟くようにそう言った。
「あぁ、見事なものだ。ここに来れてよかった・・・そう、思っているよ」
酒が盃に満ちたのを確かめた子雲は、玉秀にそう言葉を返しながら、盃を口元へと運ぶ。