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    • 2012/11/15 5:34
    • 地域社会と暴力
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    • 宗教の力というのは多分世界最大の権力になりうるのかもしれないと思ったこと。


      暴力であるヤ○ザが国家権力以外で太刀打ち出来ないのが地域に拡散している宗教団体。


      思想を共有した団体というのがいかに強固であり強力な権力を持ち、そして暴力であることが解る。


      この世の全てのテーマは暴力である


      どう生きて己や他者が救われるかを修行としても結果暴力にたどり着くという事


      全ての暴力が無くなれば全てが救われるがそれは皆無であるがゆえに各地域での様々な共同体が生まれ暴力は形を変え権力となり地域社会に結びついている。


      結果ヤ○ザもその地域権力に手を出せばたちまち権力者により国家権力が動き壊滅の危機にさらされる可能性があるから手を出さない。


      地域社会と権力、暴力、宗教には密接な繋がりがある。


      それはニヒリズム個人主義な俺から見るとゾクリとする恐ろしさを感じる。


      暴力は形を変え様々な権力となり地域に密着し社会構造になっている。


      そこからはみ出せば 終わり。


      社会人とは言わば暴力に支配され地域社会に守られている


      これらを上手く使いこなし世の中を歩く事が地域の個人における防衛術であり処世術となる。


      自己の権力の背景を持つことが現代社会における防衛術である。


      未成年者のイヂメも本来被害者の子供のバックに権力の背景がわかりやすく加害者の子供に映ればすくなくとも直接的暴力は受けない。
      それには地域社会における被害者の子供の親が地域におけるどのくらいの力を保持してるかが問題である。


      もし被害者の子供の親が地域において無力な場合のイジメからの対抗策はもはや個人の暴力を持つ意外には無い。

      権力ではなく原始的暴力で対抗する意味である。

      いわば個人においても地域社会においても力の無い人間はひたすら虐げられる社会構造になっているということである。


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