☆ルドルフ☆さんとモバ友になろう!
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- 2011/10/7 22:17
- 皇帝ルドルフ2
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- ドイツの皇帝の名を冠した彼は、いつしか“絶対皇帝”と呼ばれるようになっていた。
そして、遂に迎えた三冠馬対決。
ミスターシービー対シンボリルドルフ
誰もが1-2フィニッシュを期待した。
だが、ルドルフはまさかの三着
ミスターシービーは十着だった。
はじめて経験する“敗戦”
ルドルフはレース後に大粒の涙を流したと言う。
その後は次々と大レースを勝ち、ルドルフは歴史上最大である七冠を達成する。
そして遂に海外へ――
馬の輸送技術が発達していない当時、海外遠征は夢のような話だった。
結果、アメリカの二流馬相手に六着惨敗
世界との遠さを感じた矢先、レース中に怪我をしていたことが判明。
夢半ばでの引退を、日本のファン全てが悲しんだ。
そしてそれから4年――
ダービーの舞台には、同じように無敗で二冠を達成する馬の姿があった。
ルドルフの息子――トウカイテイオーだ。
奇跡の馬と呼ばれるトウカイテイオー、威厳のある父とはあまり似ていない、可愛らしい顔の馬だった。
あのルドルフのダービーから25年
東京競馬場には、ルドルフの姿があった。
29歳となったルドルフの、記念お披露目会である。
筆者である私もルドルフを見に行き、29歳とは思えぬ立派な皇帝の姿に感銘を受けてきた。
だが、お披露目から一年も経たずに彼は逝った。
享保30歳
絶対皇帝も、老いには勝てなかったのだ。
私は、今でもシンボリルドルフが日本競馬で最も好きである。
最強ではないかもしれない。
だが、私を馬の世界に導いてくれたのは、紛れもない、ルドルフなのである。
涙が止まりません。
天国でゆっくりと、走るのを楽しんでくれているといいですね。
御冥福を祈ります。
- ドイツの皇帝の名を冠した彼は、いつしか“絶対皇帝”と呼ばれるようになっていた。