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- 2025/5/26 8:49
- 第三章 お母さんって誰?
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- 朝。
いつもより少し遅く起きたことはは、カーテンの隙間からこぼれる光に目を細めた。
静かだな、と思った。でも、何が静かなのか、よくわからなかった。
台所に立つと、炊飯器には炊きたてのごはん。
テーブルの上には、パンくずと空のコップ。
誰かが用意して、誰かが食べていった跡。
だけど「誰」が浮かばない。
足音がして、背後から声がした。
「おかあさん、おはよう」
――その言葉に、胸が一瞬だけざわついた。
ことはは、ふり返る。
見覚えのある女の子が立っていた。けれど、名前が出てこない。
目の奥がうずくように痛くなる。
「えっと…ごめんね、なまえ、もう一度言ってくれる?」
ことはが小さく言うと、女の子は少しだけ寂しそうに笑った。
「ひまりだよ」
「そうだ、ひまりちゃん…」
ことはは名前を復唱しながら、自分の声の温度に気づいた。
まるで、他人の子に話しかけるときみたいだった。
「おかあさん、おなべ焦げちゃってたよ」
もうひとりの声が届いた。星奈だった。おそらく。
二人の視線を浴びながら、ことははなんとか笑顔をつくる。
でも、その笑顔が「母親の顔」だったのか、自信はなかった。
その日、日記帳にはこう書かれていた。
「今日は、わたしに “おかあさん” と呼ぶ子が二人いた。」
「でも、実感がない。まるでその言葉が、自分に向けられているように感じられなかった。」
「母って、記憶じゃなくて感情でなるものだと思ってた。」
「でもわたしには、その感情さえも、どこかに置いてきたみたい。」
そして最後に、こう続いていた。
「“おかあさん”って、ほんとうに、わたしの名前だったのかな。」
- 朝。