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- 2025/5/21 10:41
- 第二章 記憶の取引
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- 古びた階段を降りると、そこには薄暗い店内と、微かに漂う埃の匂いがあった。
壁際に並ぶ無数の小瓶。それぞれに、淡く揺れる光が封じられている。
「いらっしゃいませ。記憶を売りに? それとも、買いに?」
声の主は、年齢も性別も曖昧な、不思議な雰囲気の店主だった。
わたしは少し迷ってから、小さくうなずいた。
「……買いたい記憶があるの。でも、持ち合わせがなくて」
「対価となる記憶を、こちらにいただきます。どんな記憶を手放しますか?」
手放せる記憶――そう問われて、わたしの胸の奥がざわめいた。
曖昧で、けれどずっと引っかかっていた感覚。
わたしはひとつの言葉を口にした。
「“温もり”……誰かに触れられた、ような記憶」
店主は目を細め、小さな小瓶を棚から選び取ると、その小瓶をわたしの額にそっと当てた。
すると、胸の奥から、何かがふっと抜けていく。
心のどこかにあった、柔らかくて、くすぐったいもの。
消えてしまったことさえ、すぐに曖昧になっていく。
「ありがとう。それでは、こちらがご希望の記憶になります」
渡されたのは、ほんのり青白く光る小瓶。
中でゆらゆら揺れているそのなにかを、わたしは恐る恐る手に取った。
瓶を開けると、光がやさしく溶けて、わたしの意識にすっと染みこんだ。
……夕暮れの屋上。
風に揺れる制服の裾。
名前を呼ばれた気がした。
ふり返った先には、誰かがいた。けれど――顔が、思い出せない。
わたしは、確かに何かを得た。けれど同時に、何かを失ったことを知る。
この世界では、記憶とは等価交換なのだ。
「またいつでもお越しください。記憶は、何度でも売り買いできますから」
店主の声が、まるで別れのように響いた。
- 古びた階段を降りると、そこには薄暗い店内と、微かに漂う埃の匂いがあった。