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- 2025/5/21 10:15
- 第一章 得るもの失うもの
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- 第一章 得るもの失うもの
灰色の空が、街を覆っていた。
音が沈んだような午後。風の流れすら、どこか止まっている気がする。
記憶屋《キオクヤ》の店は、そんな街のはずれにある。
ガラス張りの扉の奥には、紙のように薄い笑みを浮かべた店主が、客を待っていた。
「思い出、ひとついかがですか」
「いえ、今日は……取り戻したいものがあって」
わたしは、そう答えていた。
名前も、年齢も、過去の半分も曖昧なままなのに、不思議とこの店の前だけは迷わなかった。
「お客様、以前もお越しいただきましたよ。ほら、この記録を」
店主が差し出した端末には、わたしの姿が映っていた。少し前の、まだ表情のあるわたし。
「これは……」
思い出せない。でも、確かにその中のわたしは、何か大切なものを手放したような顔をしていた。
「交換されました。『朝起きたら見る誰かの寝顔』を」
「代わりに何を手に入れたの?」
「――“自由”です」
「それは、本当に望んだものだったのかな」
わたしの声なのに、どこか他人のようだった。
店の奥には、薄暗い部屋がある。記憶の交換は、その奥で行われる。
記憶を抜かれた瞬間、ほんの少し胸がすうっと軽くなって、でも、何かがこぼれていった気がした。
わたしは今、
手に入れた“自由”と引き換えに、思い出せないぬくもりを探している。
――それは、誰かの手だったのか。
――それとも、朝の光だったのか。
まだ思い出せないけれど、きっともう一度会える気がしている。
だから、わたしはまた、扉を開ける。
- 第一章 得るもの失うもの