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    • 2012/6/29 4:28
    • 蟻の一生
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    • 生命というものの定義を尊いが無価値なものと思えてきた今日この頃

      無価値なクセに尊いと思えるものなんて矛盾した物体に心当たりはないんですが
      なんかこう
      例えばテレビなんかでどっかの国で動物から感染する新型のウイルスが発見されたとかってニュースで
      どこの国かもわからん有象無象の嗜好品でしかない犬畜生が焼却処分をされてしまう映像なんかが流れたりして
      それを見てただただ声を上げて泣きわめくことしかできない有象無象なんかが映ったりして

      自分の人生において近所のガキが蟻を踏み潰す遊びに興じているのとたいして変わらない程度の影響力しか持たない出来事だと思うわけなんです

      にもかかわらず自分とは何の因果関係もない人物やその飼い犬に対してでも不幸としか言えないその凄惨な映像を観て何も思うことがないなんてことはなかなか難しいという人体の不思議がそこに広がるわけで

      どうしてですかね

      あまりにも日常的過ぎてどの駅で人身事故がどうとか
      あ~その駅通勤でよく通るわとか
      他人の死はその程度の現象でしかないのに

      目の当たりにするだけで認識が変わり
      ちょっと事情とか添えれば涙する強者さえいるという

      だったら普段から毎日のように起こる出来事を悔やんだり同情したりもできるだろうと思うわけで

      つまるところ命は世界とは何の因果関係も持たないと思う的な話で

      まぁ当たり前な話
      その辺でザリガニが干からびてるの見て気分が悪い以上のものを得る時は少なく
      その辺で人がおくたばりになっていたとい話を聞いて気分が悪くなる以上のが生じる道理はあるのかとかなんとか

      全てが等価であるというなら俺とは何の因果関係も持たない世界に対してどう接するのが正しいのかわからなくなるわけで
      世界にとって俺が無価値である証明は可能でも俺にとって世界が無価値である証明がなかなか面倒だというこの現実はたぶん無価値たる俺の愚かさの力によるものなんでしょうか

      いつか決別したいものです

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