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- 2016/9/14 21:06
- 慈愛
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- 「そう…」
多くを語りたくない私の心情を察したのだろう。
一言だけ呟くと母はキッチンに立った。
ダイニングテーブルに両肘をついたままの姿勢で、俯いていた顔を上げると母の後ろ姿が見えた。
目を合わせるのが辛かった。
子供の頃から見慣れていたはずの後ろ姿が、とても小さく見えた。
母の後ろ姿をぼんやり眺めながら
「ごめんね…」
そう呟いた。
母は作業の手を休めずテキパキと何かを作り始めていた。
「……なんだって。ホクホクしててさ、凄く美味しいのよ」
ぼんやりしていた為、母が何か話している事に気がつくのが遅れた。
辺りには鰹出汁を取った時の匂いが立ち込めている。
どうやら南瓜の話をしていたらしい。
最近はこの南瓜に凝っているのだと母が言う。
子供の頃から、母が作った南瓜を甘辛く煮た料理が好きだった。
「美味しいから食べてみてよ」
笑いながら母が言う。
少しの沈黙の後、
「ごめん…ちょっと食べれそうにないんだよ…」
絞り出すように私が答える。
南瓜の煮物はもう火を止めるタイミングを待つばかりだった。
「そっか」
また母が微笑む。
その後は近所の腰の悪いおばあちゃんの話や、飼い犬の話を語っていた。
私は、
「ちょっとトイレ…」
そう言って席を立った。
胸が苦しくて仕方なかった。
戻ると母が南瓜を小鉢に盛り付けていた。
懐かしい匂いがした。
一口つまんで母が悲しそうな顔をした。
「あれ?おかしいな。お醤油が多すぎたね。辛くなっちゃったわ…。明日は頑張って美味しいの作るよ」
母が煮物を失敗するところなんて見たことがなかった。
涙が溢れるのを我慢できず、少し部屋で休むよと声をかけて寝室に入った。
母の気持ちがありがたく、申し訳なかった。
私はこの人にどれだけの愛情を注がれて来ただろう。
この人にどれだけの恩返しが出来ただろう。
思えば思うほど涙が溢れた。
窓からの西陽はとっくに色を変えていた。
暫くしてキッチンを覗くと母の姿はなかった。
ダイニングテーブルの上にはラップをかけられたあの南瓜があった。
一口…
一口だけなら食べられるかもしれない…
私は箸を取り、恐る恐る南瓜を一つまみ口に運んだ。
子供の頃から慣れ親しんだ味付けだった。
いつもと変わらない味。
母の思いに触れてまた涙が頬を伝った。
- 「そう…」