倫太郎☆さんとモバ友になろう!
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- 2012/12/26 3:15
- 20121226
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- 以前書いた日記をみたら2011年の6月になっていて、ビックリした。
感性を研ぎ澄ますことは芸術家としてとても大切なことだ
俺も大学で演劇の毎日だった頃は
ただひたすら上手くなりたくて
ご飯を食べなかったり
暗い部屋の中で一日中物事を考えた
りした。
だけど、なにしても結果はついてこないし
周りの人間はどんどん現実的な方へいく。
本当の意味で残ったのは
演劇のサークルから席を抜いた人達ばかりだったんだ。
ここで日記を書かなくなって
3年くらいたった気持ちだったけど
まだ2年もたってないんだな。
昔の自分の書いていた文書を見て
すこし驚いた。
複雑さがあるなぁって
難しいという意味じゃなくて
ひと言でいうと、
苦悩感という感じ。
今の俺には書けない様な世界感だ
芸術家って、身を削る中で
何かを創作するものだって思ってきたのかもしれない。
確かにそれも正しいかもしれない。
身を削るっていうのが
良い表現の為に自分を模索するって
意味ならわかる
だけど
人生の問題に対して悩み苦しむこと
だとしたらそれは違うな。
芸術家というよりは
ネガティブな人だよ。
芸術家だって?
自分のネガティブさを隠して
正当化する言葉だ
今の自分は、昔の自分をそんなふうに思っている。
もちろん
そういう過程の上に今の自分がいる
人生に何一つだって後悔しない。過去の自分には感謝意外の感情はない。
自分は一生、芸術家でありたい。
そして芸術家はいつでも自分の心に正直であるべきだ。
いや、正直である人のことを
芸術家とよぶんだ。
人間であれ。
誠実であれ。
複雑さじゃなくて、シンプルさを求める。
幸せを内側に見つけて
自分を愛し
人から愛される
それが芸術家だ。
それを表現する人を芸術家と呼ぶんだ
- 以前書いた日記をみたら2011年の6月になっていて、ビックリした。