♭ラフレシアさんとモバ友になろう!
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- 2012/2/28 6:23
- 学校は何をしに行くところ?
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- ニュース日記 について:
- 何が「自主的」!?何が「素晴らしいこと」!?
あまり酷いニュースだったので思わず日記を書いてしまいました(そんなことより返事はまだかと思った方はすみません←)
まず、「無欠席」は無条件でいいことではないですよね。
これといって何の目標もなければやりたいこともない生徒にはうってつけの目標かもしれませんが、勉強や部活など他に一つでも頑張りたいことがあれば、具合の悪い時に休んで一刻も早く治すことは重要な努力のはずです。
高熱でほとんど何も出来ないような状態でも来ていいと言うのなら、学校とは何もしなくても居るだけでいい場所なんでしょうか?
それにもまして酷いのは、教師や学校が強制しなければ「ファシズム的なことが行われ」ていないという無神経さです。
この手のことには大きな強制力が存在するもの。
誰だって自分のせいで記録が達成できなかったら…という強いプレッシャーを感じます。
やりたくなくてもなかなか言い出せないし、自分が我慢してる分、他人にも降りることを許さなくなります。
文句をいいながらも登校してきた女生徒がいた時点で何故そのことに気付かないのでしょう。
35人もいて全員がそんな記録を本気で達成したいとでも思っているのでしょうか。
だいたい個人でくだらない記録をめざすのは勝手ですが、学校のクラスのように選べもしなければ抜けることも出来ないような集団でそんなことをすべきではないと思います。
このクラスの担任は40度も熱がある生徒が登校しようとしたら、無理矢理でも止めなければいけません。
インフルエンザの疑いがあるなら他の生徒まで感染の危険に晒すことになるし、時には命に関わります。
記録と生徒とどっちが大事なんでしょう?
それに教育者なら、具合の悪い人間に向かって「休むな!!」などという電話やメールをすること、自分や自分の属する集団の目標を他人にまで押し付けることは暴力だということを、ちゃんと教えてほしいものです。
そういうのを「ファシズム」というのでしょう?
私が校長だったら、これらを怠った教師はクビにするかもしれません。
このクラスの生徒は可哀相です。
個人よりも集団が優先されること、事実よりも美談が優先されることを覚えて巣立っていくのですから。
本当は選択の余地なんて無かった、嫌がる人も犠牲にしたという事実から目を背けて「自主的にやり遂げた」なんていう欺瞞を受け入れるほど盲目になってしまうなら、学校とは何のために行くところなのでしょうか?