☆Madeleineさんとモバ友になろう!

日記・サークル・友達・楽しみいっぱい!

Yahoo! JAPAN IDだけで遊べる!今すぐ遊ぶ!

    • 2015/11/23 0:51
    • madeleine
    • コメント(0)
    • 閲覧(8)
  • "アバター"
    • まとめ。

      ぼんやりと、なんとも心地よい声のトーンが興奮を抑えながら、発せられている、そんな事に気がついて、人間はすごいと思った。

      遺伝子とは、己が己がと、主張するものであって、そもそもが利己的なんだと。

      なにがどう?どんな教えが?の前に、大前提として、遺伝子自体が、利己的。

      当たり前で愕然とする、突き付けられる事実。

      しかし、細胞というものは、3つのスイッチを持つ。心地よく順応するスイッチ。ちょっと不釣り合いな状況に合わせてまた順応するスイッチ。

      最後のスイッチは、どうしようも無い場面で、形を変え、他のものに、吸収されるために吸収されやすくするスイッチ。

      うまく、書けない。でも、人間は最後には、己を細胞レベルで、他人に差し出す事が出来る。

      遺伝子とは相反するが、私たちは、私たち細胞は、最後の局面に、差し出せる。

      罪の語源に触れる。

      旧約では、ラテン語で罪とは、断絶、歪む、それる、という。

      新訳では、ギリシャ語で罪とは、まとはずれ、という。

      細胞レベルで差し出すつもりがそこを外すと、それると、胸に痛みをともなう。3つ目のスイッチが誤作動を起こすからだ。

      胸が痛み、罪を感じるとは、本来細胞レベルで感じているそんな、本能的な感覚なんだ。

      私たちは哲学的に、宗教学的に、そんなことではなくて、細胞が悲鳴を、罪は辛いと、叫んでいる。

      分かりやすく、貫く、人間本来を。

      だから、この体を信じて動けば、きちんと細胞が罪を教えてくれることが、分かった。

      感受性に私は感謝をして、罪を感じ、ネガティブを受け入れ、その上での笑顔を出せるようになりたい。

      こうなりたいと思うことが細胞レベルならば、なお、いい。

コメント一覧

更新する

この日記を違反通報する

☆Madeleineさんの
最新日記

☆Madeleineさんの
お友達の最新日記

日記を探す

気になるキーワードで検索