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- 2010/4/1 7:23
- 魔法使いの喫茶店[四]疾走
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- 「位置に着いて、用意。」
スタートラインに指を落とし前に重心を置く。視線は真っすぐ前にあるゴールのライン。距離にして100m。隣では理緒子が同じ姿勢で教師の合図を待っている。
空砲は雲疎らな青空に向かい、教師はその引き金を引き絞り、間を置かず轟音がグラウンドに響き渡る。
踏み込みと同時に、重心が掛かった両腕を解放する。
スタートは、同時。
理緒子も溜めた力を無駄にする事なくスムーズに駆け出した。
最初から全力で前に出る。理緒子と走るのは勿論初めてだが、スタンスは変えない。最初で抜き去る。だが、意に反し理緒子は通過した地点を規則正しく一瞬後に通過する。いくら足を早く動かしても。一定の差しか生まれない。むしろ、完全に煽られている。
プレッシャーでペースが乱れる。
脚は悲鳴をあげ、肺には酸素が足りていない。無理な加速を掛けたためスタミナの消費も激しい。
一気に落ちるペース。
それを見計らってか、悠々と先に行く理緒子。
対してこちらの身体は思うように動かない。
満身創痍。
ああ、そんな言葉もあったな。
と、頭の片隅で呟く。
思考は既に、レースから離れている。
限りなくクリアな頭の中、差を拡げて駆けて行く理緒子の姿が飛び込んでくる。
追い付かれる事すらそうそう無かった。追い抜かれる事なんてもっと無かった。
いつの間にか頭の中には空白が生まれている。頭の中から何かが抜け落ちたようなそんな空白。
何が抜けたのか解らない。
けど、空白は空いているから、それは何かに使いたい。
ああ、そうだ。脚を動かそう。出来るだけ早く脚を動かす。その為だけにこの空白を使おう。
途端、重かった脚は軽くなり、悲鳴を上げていた肺はおとなしくなる。
もっと前へ、更に前へ。
空いた空間をその思いだけで埋めていく。
その度に縮まる理緒子との距離。
理緒子も残り三分の一に差し掛かり加速する。
しかし、こちらの方がまだ早い。距離は縮まり続ける。
逃げる理緒子を追い掛ける。
思い切り手を伸ばせば届く所まで距離が詰まる。
が、その瞬間、理緒子が先にゴールラインを越した。
一拍、間を置き、こちらもゴール。
限界を超えたのだろう。ふらつく足で理緒子の前に辿り着く。
「理緒子……」
これだけ言ってやらないと気が済まない。
「……?」
ゴールの横で息を整えていた理緒子の首が傾く。喋る余裕は無いらしい。
「次は負けない。」
- 「位置に着いて、用意。」