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- 2008/12/12 10:00
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- 遠い昔
一つの労働で、一つの家族の暮らしを支えていける国があった。
その頃、ほとんどの人に終身雇用と、老後の保証を約束された労働が与えられ、国民一人に対する配当は大きく、物価は適正におさまり、国民全員が中流という生活をしていた。
20代のうちに多くの人が家を持ち、食料自給率は80%と高く、コンビニやインターネットなどという便利さはなかったが、生活は豊かな、そんな国があった。
それから50年で、人口は増え、農地は減り、毎日大量の食料を捨てる事で、食料自給率は40%と半減、宇宙からその国を見ると真夜中でもハッキリその形に光っているほどの膨大な電気を全員で使い、CO2を削減しよう!と決めてからどその量は増えるという意味不明な文化を当たり前とし、便利さは日に日に増し、便利がゆえに、どんどん労働力がいらなくなっていった。
そして豊かさを失った。
便利ではあろうが、豊かではない。
目の前に食料難、物価が上がり、車の所持すらままならず、持ち家どころか、自立すらできない成人が増え、都合良く保証なしで雇用する労働があふれ、一つの仕事で、一人の生活すらまともに支えられないような国になった。
それなのに、ほとんどの人は50年前に そうしていたように、「一つの労働」で生活しようとし、国や世間の文句を言っているだけだ。
それでは足りないから共働き。
それでも足りないから、「みんなそうだ」と納得する。こう書いても不思議だと思わないだろうか?
まだ違和感を感じないだろうか?
これからの50年に向けて、そろそろ新しい概念を持つべきだ。
例えば労働する事が本当に仕事なのだろうか?
もっと自分の人生について責任を持ち、考え、手を打つ必要があるのではないだろうか?
いつか あの頃のような豊かな国になると妄想を抱くより、これからの50年を考え、自ら打って出る方が堅実ではないだろうか?
昔、こんな話を聞いたことがある。
カエルをお湯に入れると、あわてて飛び出る。
でも水に入れて、徐々に湧かしていくと煮えあがってしまうと。
「みんながそうしている」と言う理由で、
多くの人がカエルのように煮え上がっていくように見えるのは、僕の勘違いだろうか。
今、考え、定め、見据え、そして新しい概念を理解し、自由であるとともに豊かであり続けよう♪
- 遠い昔