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- 2015/11/22 19:55
- 命日!
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- 今日は、母親の命日だった!
嫁に言われるまで気づかなかった。
奇しくも11/22日(いい夫婦の日)に…
決して仲のいい夫婦じゃない親父とお袋だった。
母親から酒乱の父に別れたい…ばかり言ってたように思う。
父親が生前に玄関の硝子を何枚…何回割っただろうか?
私が中学三年の冬…受験勉強の最中に…私の誕生日に入院した父親は、三週間後に多臓器不全で亡くなった。
それからが私は、公立高校しか行けない重たい荷物を背負わされた。
バカな私は、必死になって勉強した。
やがて高校卒業…地元に居て働くことを嫌い大阪に就職した。
地元で働いて会社でのストレスを家に持ち帰って母親に八つ当たりするのが嫌いだったから…ただそれだけ!
やがて就職して結婚した。
誰もか初心表明みたいにスポーツでは、選手宣誓みたいに『必ず幸福な家庭を…』って言っていたことすら忘れていた。
38歳の時に膝のかなり難しい手術をした。手術をする3日前に母親が自宅で倒れていたとヘルパーさんから連絡があった。
兄弟は役に立たずに私の孤独な母親の介護が始まった。
母親は、まだらボケ状態で私が入院中に勝手に退院してしまった。そして、また実家で倒れて救急車で運ばれてしまった。
地元に住んでいる兄は、非協力である中で私も入院先から退院して母親の待つ郷里の病院まで松葉杖に背中にリュックサックを背負って帰った。
嫁に協力『help…!help…!』を要請したが何の協力も得られず。
それから6年半の孤独な介護の時だった。
この期間の夫婦喧嘩は、絶えなかった!
やがて…八年前の今日!母親は、静かに息を引き取った。最後に虫の息の中で母親は、小さな声で『ありがとね!』だけ俺に話してあの世に逝ってしまった。
仲のいい夫婦は、三年で御迎えが来るって言うけど…父親から長く御迎えが来なかったのは、借金の保証人から解放されてあの世で母親より良い女でも見つけていたのだろうか?長い間…母親を迎えに来ることも無かった。
それから…母親の葬儀も終わって何日か後に…妻から『ごめんなさい!』と言われた。
私は、言葉を失って俯いたままでした。
- 今日は、母親の命日だった!